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【解説】欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の最新動向

企業活動とサステナビリティ(持続可能性)は近年、切っても切れない関係になってきています。特に欧州連合(EU)では、企業のサステナビリティへの取り組みを透明かつ包括的に報告することを義務付ける「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が2023年末に採択されました。

そして、このCSRDを遵守するための具体的な報告基準として登場したのが、「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」です。

ESRSは、企業がESG(環境、社会、ガバナンス)に関する重要情報について、どのように報告すべきかを定めたガイドラインです。今後、EU市場で事業を展開する企業にとって、このESRSへの対応が不可欠になってきます。

2023年12月時点でESRSに関するブログ記事をaiESGにて公開しています。

【解説】ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の概要


本稿はその概要についてまとめた後に、最新情報・日本企業にとっての影響について解説します。今後もサステナビリティへの取り組みが重要視されるなか、ESRSを理解することは、EU企業にとって大きなポイントになるでしょう。

なお、ESRSを基準として指示するCSRDについての記事も過去に記述しています。CSRDについて理解を深めていただくことはESRSの理解へと繋がります。こちらもご参照ください。

【解説】CSRD:発効直前のEU版サステナビリティ報告基準~日本企業への影響について~
【解説】CSRD:欧州連合の企業サステナビリティ報告指令 最新情報

目次
1. ESRSの概要
 ESRSの要件概要
 ESRSとCSRDの関係
2. ESRSを取り巻く現況
 実施について
 ESRSのセクター別要件について
 中小企業向けのESRSについて:概要
  ESRS-LSMEの現状
 非EU企業のためのESRS
3. グローバル化の一歩:IFRSとの連携
4. 日本企業の対応
5. まとめ

1. ESRSの概要

ESRSは、企業のサステナビリティに関する情報を包括的に報告することを義務付ける「企業サステナビリティ報告指令(CSRD」に基づく報告基準です。

ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する12の報告基準で構成されており、企業のサステナビリティへの取り組みをより詳細かつ明確に報告することを目的としています。

当基準の導入により、企業は自社のサステナビリティパフォーマンスをより効果的に測定、管理、報告することができるようになります。また、投資家やその他のステークホルダーは、企業のサステナビリティへの取り組みをより深く理解し、評価することができるようになります。

ESRSは、EU域内企業(EUに本社を置く企業を指す)だけでなく、EU市場で事業を展開するすべての企業に適用されます。今後、サステナビリティへの取り組みが企業の競争力にますます重要になる中、ESRSへの対応は企業にとって不可欠な課題となります。

・ESRSの要件概要

図1:ESRSの概要図
(EFRAG機関のプレゼン資料を翻訳・最新版に修正:https://www.youtube.com/watch?v=a1pdAO62bH0)

12個の報告基準は図1のように分類されます。

<環境>
ESRS E1:気候変動
ESRS E2:汚染
ESRS E3:水と海洋資源
ESRS E4:生物多様性とエコシステム
ESRS E5:資源利用とサーキュラーエコノミー

<社会>
ESRS S1:企業内労働力
ESRS S2:バリューチェーン内の労働者
ESRS S3:影響を受ける共同体
ESRS S4:消費者とエンドユーザー

<ガバナンス>
ESRS G1:事業活動


これらの基準は対象企業全てに適用される基準となります。CSRDが指定する企業条件に適用される企業はESRSの要件へ従う必要があります。

一方、「セクター別基準」、「中小企業のための基準」、「非EU企業のための基準」については別枠で議論を重ねて設定されることになっています。

・ESRSとCSRDの関係

CSRD に基づくサステナビリティ報告書は、ESRS に準拠する必要があります。ESRS は、欧州委員会の委任立法で別途規定されます。
CSRDを土台としたサステナビリティ基準であるESRSは欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)によって開発がされています。2023年12月時点で横断的基準であるESRS第1弾が施行されています。

2. ESRSを取り巻く現況

・実施について

2024年からCSRDが一部のEU域内の大企業群へと適用される関係から、ESRSの全面適用が義務化されています(報告書は2025年発行となります)。

適用条件:3要件のうち2つ以上を2会計年度連続して充たす*零細企業は、2つ以上の要件を満たせば適用対象除外運用開始時期
NFRD適用会社(大規模会社)従業員500人以上のEU規制市場上場および銀行など2024年1月1日から
大規模従業員250人以上OR純売上高4,000万ユーロ以上OR貸借対照表合計(総資産)2,000万ユーロ以上2025年1月1日から
中規模従業員250人以下OR総売上高4,000万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)2,000万ユーロ以下2026年1月1日から
小規模従業員50人以下OR総売上高800万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)400万ユーロ以下2026年1月1日から
零細企業(適用除外条件)従業員10人以下OR売上70万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)35万ユーロ以下適用予定なし(もし条件を充たしたら)
EU域外企業前提条件:EU域外の最終親会社が過去2期連続でEU域内での総売上が1億5千万ユーロ超&追加条件(いずれか一方を充たす):(1) EU子会社が大規模企業または上場企業に該当する OR(2) EU支店のEU域内の総売上高が4千万ユーロ超2028年1月1日から
表1:CSRD適用条件と対象企業(出典:https://aiesg.co.jp/report/2301120_csrd/ )


表1が示すように、2025年1月1日からは全てのEU域内大企業群が適用対象となる予定です。中規模以下の企業群や非EU企業(EU域外企業)についてはそれ以降の適用対応となります。

対象企業は、CSRD適用に準じてESRSへの対応が迫られています。ところが、セクター別要件については依然として作成のために議論を継続している背景から、欧州議会はセクター別要件採択について2年の延期を決定しています。

・ESRSのセクター別要件について

ESRSのセクター別要件については2024年からすべての関連セクターへと全面的に適用される予定でした。ところが、2023年3月時点で、欧州委員会は特定のセクターに対するESRSの適用を延期することを決定し、セクター別の要件については2024年6月末までに採用を予定していました。

2024年5月に欧州委員会は、さらに2年間延期することで2026年時点でセクター別の要件についてまとめることにしました。これにより、企業側(特に2024年~2026年までにCSRDを適用されるEU企業にとって)はESRSの全般的基準、全般的開示要件の横断的基準に注力することを期待されています。

セクター現状フェーズ次のステップ次のフェーズの予想開始時期
石油・ガス初期ドラフト – 承認SRB 討議 (TBD*)未定
石炭・採石・鉱業初期ドラフト – 承認SRB 討議 (TBD*)未定
道路輸送初期ドラフト – 検証中未定未定
農業・畜産・漁業初期ドラフト – 作成中未定未定
自動車初期ドラフト – 調査中未定未定
エネルギー生産・公益事業初期ドラフト – 調査中未定未定
食品・飲料初期ドラフト – 調査中未定未定
繊維・アクセサリー・履物・ジュエリー初期ドラフト – 調査中未定未定
表2:現在のセクター別要件の議論状況 (EFRAGのサイトより翻訳筆者作成)

・中小企業向けのESRSについて:概要

上場中小企業向けのESRS(「ESRS-LSME」)は、大企業向けの基準よりも簡略化された内容となることが明らかになっています。予想されている時系列として、発効予定日は2026年1月1日、上場中小企業(CSRD対象企業)に対しては2年間はオプトアウトの手段を確保する予定です。

これは、2026年1月1日に発効されてから、2028年12月31日付までは、CSRD適用を受ける中小企業は当該ESRS-LSME対応しないという選択が出来ることを意味します。しかし、2029年1月1日以降は対象企業は全てESRS対応を行う必要があります。

ESRS-LSMEの現状

ESRSの運営を行うEFRAG(欧州財務報告諮問グループ)は、2024年1月22日時点でESRS-LSMEに関する草案公開を通じた公開議論を開始しました。こちらは2024年5月21日にて意見収集は終了しましたが、多様な機関へのアンケート調査を通じた調整段階へと手続きは進んでいることが確認できます。

本稿執筆時点(2024年7月)において更なる動きは確認できていませんが、EFRAGは2026年からの発効を目指して議論を進めていることを表明しています。

・非EU企業のためのESRS

欧州議会は非EU企業(EU域外企業)のための補足的な基準策定の意向を示しています。当初は2024年6月30日までにこちらの補足情報を公表する予定でしたが、欧州議会は2026年6月30日まで公開延期することを発表しました。遅くても2029年には非EU企業はCSRD適用に合わせたサステイナビリティ報告書の公開が迫られています。

欧州議会は、延期が横断的基準へ集中対応することを手助けするという声明を発表しています。日本企業にとっても、まずは横断的基準への対応について検討し始めることが重要でしょう。

3. グローバル化の一歩:IFRSとの連携

EFRAGは、国際サステナビリティ基準審議会と共にサステナビリティ報告基準に関する整合性確保に向けた協力に取り組んでいます。これは、ESRSとISSBサステナビリティ基準の両者間での照合性を強化することを通じた、企業の負担軽減を目指しています。

2024年5月、IFRS財団とEFRAGは、ISSBとESRS基準のアライメントを促進するための相互運用性ガイダンスを公表しました。これは主に以下のような対応について検討することで企業が複数の基準を別々に対応する必要を無くすことを目的とします。

・共通の定義と用語:両基準における用語の使用及び定義の一貫性の確保
・要件の調和:各基準固有のニーズを考慮し、規格の適用範囲と要件を可能な限り一致させる
・モジュラーアプローチ:企業が両基準を補完的に適用できるようにし、報告作業の重複を避ける

欧州地域を対象としているCSRD/ESRSですが、今後は他の地域におけるサステナビリティ報告基準と連携することで、規制の国際化・統合が進展していくことも予想できます。

4. 日本企業の対応

日本企業が取るべき対応については、まず初めに自社のCSRD適用条件について確認する必要があります。

(*):資本市場で譲渡可能なすべてのクラスの証券(株式、債券など)。負債証券のみを発行する場合は、一口あたりの額面が10万ユーロ未満であること。そうでない場合は、この質問に「NO」と答えてください。
(**):この場合、持続可能性報告書は、子会社を除いたEU域外の親会社レベルで作成される(つまり、連結ベースではなくスタンドアローンベース)。
¹:3項目中2項目:平均従業員数250人以上、純売上高4,000万ユーロ以上、貸借対照表合計2,000万ユーロ以上
²:3項目中2項目: 10人<平均従業員数≦250人、70万ユーロ<売上高≦4,000万ユーロ、35万ユーロ<貸借対照表合計≦2,000万ユーロ

図2:日本企業がとるべき対応 フロー図 (mazarsの資料を筆者翻訳)
(https://www.forvismazars.com/group/en/content/download/1151519/58967343 )

日本貿易振興機構(JETRO)は2024年5月時点で公開した『CSRD適用対象日系企業のためのESRS適用実務ガイダンス(p.15)』において以下のような適用プロセスをまとめています。こちらは主に初期から中期にかけての対応段階についてまとめていますが、日本企業内において部署横断的な協力体制を構築する必要性について確認できます。

日本貿易振興機構(JETRO)は2024年5月時点で公開した『CSRD適用対象日系企業のためのESRS適用実務ガイダンス(p.15)』において以下のような適用プロセスをまとめています。こちらは主に初期から中期にかけての対応段階についてまとめていますが、日本企業内において部署横断的な協力体制を構築する必要性について確認できます。

段階段階ごとの対応するべき事
1. 制度自体の理解こちらは自社がCSRDが規定する「適用時期」および「適用範囲」、加えてESRSの具体的な開示要件について理解を深める段階を指します。

Q. CSRDの対象となる子会社等が連結グループ内にいるのか?
Q. 対応の主導権は日本親会社とEU子会社どちらが担うのか?
Q. 担当者は誰なのか?

このように適用までのスケジュールや進捗測定を目的とする中途目標の設定などについて部署間や企業間で認識・合意することが求められます。
2. (俯瞰的視点からの)自社内サステナビリティ情報のギャップ分析ESRSは定量指標・定性指標について公開することを要求します。そのため、自社の現在のサステナビリティ報告の状況を理解する必要があります。

・日本親会社が外部公開している非財務情報(例: サステイナビリティレポート、統合報告書 など)
・サステイナビリティ項目に係る内部規定類
・各EU加盟国やセクターごとの関連規制への対応結果
・納品先からのサステナビリティ項目の質問票
・企業内部の関係者へのアンケート・インタビュー結果、等

これらを把握・理解することは、高度なギャップ分析(出来ていること・出来ていないことの明瞭化)を手助けすることに繋がり、ESRS開示要件への適応難易度について自社内で確認することが出来ます。この段階では、大まかな判断で良いです。
3. ダブル・マテリアリティ評価ダブルマテリアリティとは、レポート作成時の「非財務情報が与える影響の重要性」が、「i. 企業経営に与えるであろう影響 (投資家向け)」と「ii. 社会・環境面に与えるであろう影響 (より多くの関係者向け)」という2つの影響力を有していると想定する概念です。

ギャップ分析を通じて、自社にとって重要である項目を特定して、開示対象となるサステナビリティ項目・ESRS開示要件・データポイント について特定することが期待されます。

・なお、ダブルマテリアリティの評価プロセスは、ESRS2において開示することが求められますので、この段階で記述化することが大切です。
・加えて、第三者保証の提供先とダブルマテリアリティ評価に関して暫定議論が求められます。
4. より細かなギャップ分析ダブルマテリアリティ評価を通して「重要であると判断したトピック」についてより細かくギャップ分析を行うことが期待されます。なおこちらの段階では以下のような確認事項を通じた分析確認が重要です。

・方針が策定されているのか。方針の内容はESRS基準の開示要件に対応し網羅的であるか
・開示対象の数値集計がなされているか。どのように集計されているか。修家方法がESRS基準に照らして妥当か
・目標が定められているか。目標は充分に細分化されて明瞭であるか。
5. ロードマップの策定こちらは、細かなギャップ分析の結果を基に、責任部署や責任者、実施時期、優先順位、等を含めたESRS対応のための計画(ロードマップ)策定が検討されます。
表1:JETRO資料を参照したESRSの適用プロセス(初期~中期); (引用:JETRO, 2024, p.15)

5. まとめ

ESRSは、EU域内企業だけでなく、EU市場で事業を展開するすべての企業に適用されるサステナビリティ報告基準です。2024年時点で一部の大企業への適用が開始されていて、今後、適用範囲が拡大していきます。
EU域内で一定以上のビジネスを行う日本企業も、遅くても2028年からCSRD/ESRSの適用が開始されます。そのため、早めに対処計画を経て、ESRSへの円滑な移行に向けた準備が重要でしょう。

なお、中小企業向けのESRSやセクター別要件については依然として議論が重ねられており、2026年からの発効が予想されています。これは、EU企業にとっては横断的基準へ注力するための余裕が生じていることを意味します。
ESRSは、企業のサステナビリティへの取り組みを透明化し、ステークホルダーの理解を深めるうえで重要な役割を果たします。

今後、サステナビリティへの取り組みがますます重要視される中、ESRSへの理解は日本企業にとっても無視できません。

aiESGでは、製造品のサプライチェーンにおけるESG分析サービスを提供しています。ESRSなどの国際基準への適用を検討したい企業担当者様で質問などがございましたら、ぜひとも弊社へご連絡願います。

お問い合わせ:
https://aiesg.co.jp/contact/


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