Report

【論文解説】気候変動の影響が紛争を招く~社会の脆弱性条件の系統的レビュー~

  • 論文解説
  • 2023年5月9日にaiESG研究員の長野貴斗による気候変動の影響と紛争の関係をレビューした以下の論文が掲載されました。

    Review of Vulnerability Factors Linking Climate Change and Conflict
     https://www.mdpi.com/2225-1154/11/5/104


    このレポートでは、上記論文の内容を解説していきます。

    この研究は気候変動の影響が武力紛争を招く社会の脆弱性条件について分析するものです。気候安全保障分野では、気候変動が紛争に至るメカニズムについて共通認識はありません。この研究では既存の論文をレビューし、ジェンダーや地理的条件を加えた新しいフレームワークを提案しました。

    背景

    気候変動と紛争を結ぶ社会の脆弱性に関する数少ないレビュー論文の一つであるPearson & Newman (2019)は、脆弱性を感受性、適応能力、一般的紛争リスクという3つの側面から理解することを提案しました。しかしながら、彼らはアフリカの農業分野に焦点を当てていることから、それ以外の文脈での脆弱性は必ずしもスコープに入っていません。また、そもそも、これら3つの側面にどのような要因が含まれるのかは十分に明らかになっていません。

    気候変動と武力紛争の関連は、2007年に国連安全保障理事会で初めて気候変動問題が取り上げられたことをきっかけに本格的に議論されるようになりました。そこで本研究は、気候変動と武力紛争の関連について2007年から2022年に出版された気候変動と武力紛争に関連した論文の中で脆弱性条件について言及している定量的・定性的・混合的研究の53本を網羅的にレビューすることで、どのような条件が気候変動による武力紛争に対する各社会の脆弱性を左右するのかを明らかにしました。

    結果

    上の図は、レビュー結果に基づき、気候変動が紛争を導く社会の脆弱性に関する既存研究の概況になります。レビューした53本の論文で指摘されていた気候変動と武力紛争を結びつける社会の脆弱性条件を、全部で以下の15種類にまとめました。

    1.天然資源へのアクセスや依存度、2.農業への依存度、3.土地劣化・被覆状況、4.ジェンダー、5.グッドガバナンス、6.経済システムの発展状況、7.(気候変動適応)技術へのアクセス、8.慣習、9.経済社会開発レベル、10.経済停滞、11.非民主体制、12.高い人口密度、13.近年の紛争と対立、14.政治・民族的疎外、15.地理的条件

    定量的文献において特に言及数が多かった条件は、上から高い人口密度(18件)、経済停滞(12件)、最近の紛争や緊張(11件)、グッドガバナンス(11件)である。一方、特に言及数が少なかった脆弱性条件は、下からジェンダー(0件)、慣習(2件)、土地劣化・被覆状況(3件)です。

    定性的文献において特に言及数が多かった条件は、上からグッドガバナンス(10件)、天然資源へのアクセスや依存度(6件)です。一方、特に言及数が少なかった脆弱性条件は、ジェンダー(0件)、非民主制(1件)、経済停滞(1件)となりました。

    このように、定量的文献に比較して定性的文献は少ない結果となりました。

    ディスカッション

    Pearson &Newmanによる既存の脆弱性フレームワークに則して脆弱性条件に関する既存研究をレビューした結果、二点課題が浮かび上がりました。一点目は、Pearson & Newmanによる既存の脆弱性フレームワークは、脆弱性条件の分類が正しくされていない可能性がある点です。二点目は、新しく指摘されている気候変動と紛争を結びつける脆弱性条件を説明できていないという点です。こうした課題を乗り越えるために気候変動が紛争を導く新たな脆弱性条件フレームワークを構築しました。下記6点が従来のフレームワークから提案した要因となります。

    ①土地劣化・土地被覆
    ②ジェンダー
    ③習慣
    ④低い経済社会開発レベル
    ⑤地理的条件
    ⑥政治的・民族的な疎外

    さらに、気候安全保障分野における今後の研究の方向性を5つ提案しました。第一に、従来の研究では定量的な分析よりも定性的な分析が少ないため、今後は気候変動の影響によって紛争に至る各国・地域の脆弱性の特殊事情に関して事例研究を積み重ねる必要があることです。第二に、紛争を起こしやすい脆弱性条件があったとしても紛争に至らなかった事例や協力関係を結んだ事例があるので、その事例に関してより研究を積み重ねる必要があることです。第三に、既存フレームワークの中でも、調査の少ない条件やPearson & Newmanによる既存フレームワークでは説明できなかった脆弱性条件に関して、研究を積み重ねる必要があることです。第四に、各脆弱性条件は単独で紛争を導くわけではなく、相互に作用して引き起こすと考えられるので、その相互のつながりについて研究を積み重ねる必要があることです。最後に、気候変動の影響を経験しているが紛争を経験してない国や地域の脆弱性条件に関して事例研究を積み重ねる必要があるでしょう。

    この研究は、武力紛争発生の原因の要因を明らかにするものであり、気候変動による紛争発生のメカニズムに関する理論構築に貢献します。また今後も発生が懸念される気候変動による武力紛争について、実証的な根拠を提供する点で、気候変動による紛争研究をより深化させる学術的意義に加えて、効果的で詳細な武力紛争予防政策の検討や立案を可能にする実務的意義があります。特に気候変動の影響を受けやすく、気候変動適応能力が低く、紛争発生リスクの高い地域に対して、本研究は紛争の回避に繋がる策を考究する試金石です。本研究の知見を活かせば、今後の気候変動による武力紛争を予防する資源管理や草の根運動の再編・変容の方向性について、現地の状況を考慮した適応(グッドプラクティス)の策定が期待されると考えています。

    これらの結果はaiESGの提供する人権やガバナンス、気候変動の総合的な評価サービスにも組み込んで行きます。


    Review of Vulnerability Factors Linking Climate Change and Conflict

    Nagano, T., & Sekiyama, T. (2023). Review of Vulnerability Factors Linking Climate Change and Conflict. Climate, 11(5), 104. MDPI AG. Retrieved from http://dx.doi.org/10.3390/cli11050104