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「気候変動」と「自然資本」――この二つのテーマを、企業活動から切り離して語ることは、もはや不可能な時代となりました。特に、四方を海、国土の7割以上が森林という豊かな自然・水資源に囲まれた日本において、その存在を無視することはできません。年々深刻化する気温上昇や水資源の変動、生態系の変化は、企業活動やその事業の持続性に直結する重大なリスクとなっています。
農林水産業を基盤とする農林中央金庫は、2024年から「Climate & Natureレポート」を発行しています。国際的なサステナビリティ情報開示の枠組みであるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)及びTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークに沿い、気候・自然関連リスクと機会を分析し、開示しています。その中では、地域も考慮したサプライチェーン分析として、aiESGの分析が導入され、GHG排出量を含むサプライチェーン上の自然関連の負のインパクトが定量的に可視化されています。分析対象セクターのサプライチェーンの段階毎にどの地域にどのような環境・社会的インパクトが及ぼされているのかが特定できるものです。結果、今回の分析からは、複数のセクターが共通の資源を特定地域から調達し、共通のサプライチェーンに依存している可能性が分かりました。農林中央金庫では、aiESGの分析データを顧客との対話の糸口や、顧客の課題理解、ひいては課題解決に資するファイナンス機会の創出に活用したいと考えています。
本記事では、農林中央金庫 経営企画部 サステナブル経営班の増岡様、髙橋様、及部様に、サプライチェーン上の環境・社会インパクト分析導入の背景や得られた成果について伺いました。
■クライアント紹介

名称:農林中央金庫
HP:https://www.nochubank.or.jp/

農林中央金庫 経営企画部 サステナブル経営班 増岡様(左)・髙橋様(中央)・及部様(右)
■気候と自然は「切り離せない課題」
――農林中央金庫のパーパスと、その中で経営企画部サステナブル経営班が果たしている役割について教えてください。
私たち、農林中央金庫は、農林水産業を基盤とした共同組織の金融機関です。「持てるすべてを「いのち」に向けて。」をパーパス(存在意義)に、金融を通じて、食農バリューチェーン全体の持続可能な成長に向けた移行支援を行っています。経営企画部サステナブル経営班は、職員9名で、経営戦略、金庫の全社的なリスクと機会のマネジメントに気候変動、自然資本といったサステナビリティの要素を組み込むことを企画・推進しています。
――2025年に公表された「Climate & Natureレポート2025」は、まさにその活動の成果ですね。
2025年8月に発行した本レポートでも、昨年度に引き続き、気候変動と自然資本にまつわるリスクと機会を統合的に捉えています。農林水産業は豊かな自然の上に成り立つ業種のため、私たちの金融活動の基盤には、豊かな自然環境が不可欠です。気候変動等の要因による気温上昇や水資源といった自然環境の変動は、農林水産業の安定を脅かし、地域経済の持続可能性に影響を与えます。気候変動は生態系や自然資本の変化をもたらす重大な要因の一つと考えています。こうした背景から、気候と自然を“別々のテーマ”として扱うのではなく、一体的に捉えることが重要だと考えました。

――レポートの記載は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)にも準拠されていますね。
私たちはTNFDタスクフォースメンバーを務める金融機関として、TNFDの枠組み策定の議論にも早期から参加し、国際的な開示枠組みを沿って情報開示することも積極的に行ってきました。自然資本の分析は、インパクトの地理的な個別性を加味した分析が必要になります。土壌の質、水の枯渇状況、生物多様性など、事業活動を取り巻く環境が、地域や産業によって異なるため、リスクや機会が存在する領域を特定する作業が気候変動よりも複雑になりがちです。また、それらのリスクや機会は、大企業の直接操業ではなく、一次産業を含むサプライチェーンの上流の操業過程に存在する場合もあり、広範囲な理解が必要となります。TNFDのフレームワークでは、企業等が自然のインパクト・依存・リスク・機会の分析と対策を検討するにあたり、L(発見する:Locate)E(診断する:Evaluate)A(評価する:Assess)P(準備する:Prepare)の4段階のプロセスからなるLEAPアプローチの活用を推奨しています。まずは、私どものポートフォリオに含まれるセクターのうち「どの地域・セクターで自然資本との関わりが大きいのか」を把握するところから始めました。
■サプライチェーンにおけるインパクトを段階毎に分析

――そのマテリアルな地域の特定が最も難しい理由をお聞かせください。
サプライチェーンの上流まで遡って自然リスクを把握しようとすると、投融資先の企業自身がトレーサビリティの課題に直面する中、個々の企業の公表データだけでは自然との接点を理解するのに、限界があるからです。そこで導入したのが、馬奈木教授の研究実績に基づいたaiESGのサプライチェーン分析でした。産業連関表をベースにしたモデルで、セクター毎のサプライチェーン上の事業活動と地理情報を段階的に照合し、一般的に、どの地域でどのような自然資本リスクが顕在化しているかを定量的に評価できるようになりました。AIを用いた文献調査でモデルを通じた分析を補完し、サプライチェーン上の環境・社会的インパクトを可視化しています。aiESGとの共同研究によって、投融資ポートフォリオにおけるサプライチェーンを考慮した自然関連のインパクトを、統計情報に基づきレイヤー毎に地理情報を併せて推定することが可能になったということです。
――具体的に、どのような分析を行ったのでしょうか。
2025年度は、食品小売やレストランなどの食農バリューチェーンに関連性が深い川下セクターの環境・社会的インパクトを分析しています。ポートフォリオの配分の大小や、セクターの単位生産当たりの負荷を可視化し、我々にとって投融資額が大きいセクターや生産金額当たりの負荷が大きいセクターを抽出しています。aiESGが保有している約3000項目以上の指標データのうち、セクター横断で汎用されていると考えた17項目を選び、地域別インパクトを可視化しました。aiESGにおけるの分析期間は3か月ほどで、短期間でこれだけの精度のデータが得られたのはとても驚きでした。
――どのような結果が見えてきたのでしょうか。
セクター別に見ていくと、食品小売、生活必需品小売、レストランといった産業で、私どものエクスポージャーも、環境影響も相対的に大きいことがわかりました。また、複数のセクターがサプライチェーンの川上において、同一地域の同一産品の生産に依存している構造も明らかになり、単一企業・セクターのみでは川上の環境課題を完全に解決することは難しいということも改めて確認することができました。セクター横断で食農バリューチェーン上の課題を解決するための取組みに、当金庫が役割を果たすことができると考えています。
■分析結果を顧客の課題理解に役立て、機会につなげる

――社内外からどのような反響がありましたか。
まずは、自然資本リスクを定量的に分析することが、投融資の意思決定に関係することを職員に認知してもらうことができました。海外の金融大手を含む社外からの反響もありました。例えば、欧州金融機関、専門家や取引先から、食農バリューチェーンに特化して、サプライチェーンの各段階まで踏み込んだ分析を実施している点を高く評価いただきました。
――分析結果をどのように活用され、どのような意義があるとお考えですか。
今後は、この分析結果を基に、投融資先企業などとのエンゲージメント(対話)の糸口やきっかけができればよいと考えています。お客様の事業と接点のある地域は、今回のモデルを用いたデータ分析とは異なる場合もあろうことは十分認識しております。実態をすべて反映した分析データではありませんが、私どもにとってはお客様の直面するサプライチェーン上の課題認識を共有するヒントになり、お客様とともに課題に対する解決策を検討する際にも使える材料の一つになると考えています。
現在、別途進めているお客様との対話を通じて得られた個別の情報や生データと、今回の分析を突合して、ポートフォリオにおけるリスクの可視化や精緻化ができるようになれば、ポートフォリオにおけるリスクの解像度が高まり、同様の課題に直面しているお客様を支援しやすくなります。引き続き、分析と対話の高度化を継続してまいります。
■自然関連の分析にAIがもたらす可能性
――AI技術を活用した自然関連リスクの分析に何を期待しますか。
膨大なデータを短時間で処理し、人が判断に集中できるようにすることがAIの利点です。今回の分析でも、世界中の文献情報の処理をAIが担ったことで、私たちは結果の解釈や、データに基づくアクション検討にリソースを割くことができました。今後は、AIによる自動解析の精度がさらに高まることで、金融機関のリスク評価やモニタリングの仕組みそのものが進化すると思います。特に自然の領域は気候変動に加え、水資源、汚染、資源利用、侵略的外来種といったインパクトドライバーが複数あることに加え、打ち手に応じてその他の環境社会課題との間にトレードオフやシナジーが生じるなど、その検討や分析は非常に複雑になりがちです。ネイチャーポジティブの実現に向けて企業や金融機関が直面するこのような複雑な課題に対して、aiESGが提供するAIを活用したソリューションが大きな手助けとなると考えています。
--本日は、ありがとうございました。気候と自然、そして人の営みは密接につながっています。企業や金融機関が正面から向き合い、科学的なデータに基づいた経営判断や活動をすることで、未来を形づくる力になれるよう、aiESGとして今後も研究、開発に邁進していきます。