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【解説】GHGからESGへ:国際動向とより広範なサステナビリティ考慮へのシフト

1. はじめに

2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で「パリ協定」が採択されました。

パリ協定では、すべての国と地域を対象に、産業革命前からの世界平均気温上昇を2℃より十分低く、可能であれば1.5℃に抑えることなどが取り決められ、さらに2021年にはCOP26の「グラスゴー気候合意」によって1.5℃以内に抑えることが世界共通の目標となりました。

一方で、世界気象機関(WMO)は2024年6月5日、5年後までの気候変動の見通しを分析した報告書を公表し、2024年から2028年までの5年間全体の平均気温が産業革命前より1.5℃以上上昇する可能性は47%で、2023年から2027年を対象とした昨年の報告書が示した32%から上昇していることを指摘しました[1]。

同日、国連事務総長グテーレス氏が地球温暖化抑制のための努力を痛烈に訴えたように[2]、地球温暖化対策の厳格化・早期化を求める声が投資家や企業、NGO等から上がっています。

近年ではGHGのみならずESGやサステナビリティが注目を集め、気候変動にとどまらない包括的な情報開示が求められています。そのような潮流に合わせて、ESGの測定・開示・報告をサポートする組織が次々と生まれています。

本稿では、温室効果ガス(GHG)の削減に対し取り組む組織や具体的な指標・目標に触れたうえで、ESGへのシフトの重要性について記述します。

2. 具体的な機関・指標の例示

本章ではGHGの測定・開示・報告に関する機関や指標を紹介し、最新動向についても触れてゆきます。図1はGHG削減に関わる機関を例示しており、セクターの規模によって担う役割が異なっています。本文ではいくつかを抜粋して紹介します。

図1: GHG削減に関わる指標・機関の例示

◆IPCC(気候変動に関する政府間パネル)

IPCCは1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された国連機関です。現在195か国が加盟しており、各国政府に対し気候政策の策定に使用可能な科学的な情報を提供しています。

IPCCが発表する評価報告書は、専門家による数多くの論文の評価に基づいて気候変動の要因、その影響と将来のリスク、そしてそれらを軽減するリスクに関してまとめているため、国際的な気候変動交渉における重要な情報源となっています。

IPCCが発行するガイドラインは、国連気候変動枠組条約が先進国に年1回の提出を義務付けている「温室効果ガスインベントリ」の作成において参照することが奨励されています。

※温室効果ガスインベントリ:各国の排出・吸収量や算定方法をまとめ、文書化したもの。

◆グローバル・ストックテイク(Global StocktakeGST)

2023年に開催されたCOP28では、パリ協定で掲げられた目標達成に向けて、世界全体の進捗状況を評価する「グローバル・ストックテイク(GST)」がパリ協定発効以降初めて実施されました。

GSTは5年ごとにパリ協定の目標達成状況について世界全体の進捗を評価するとともに、各国の行うべき行動に示唆を与えます。そして各国はGSTの結果を踏まえ、自国の温室効果ガスの排出削減目標(NDC)を更新します。さらに各国は、策定したNDCに向けた施策を実施し、その報告を2年ごとに提出する必要があります。

このように、GSTに基づいて、各国がNDCを策定し、実施の報告をおこない、それが次のGSTに生かされる、というサイクルを繰り返すことで、パリ協定の着実な目標達成を目指しています。

図2:パリ協定におけるグローバル・ストックテイクの位置づけ経済産業省資源エネルギー庁HPより引用)

◆SBTi (Science Based Targets Initiative

SBTi (Science Based Targets Initiative)は、気候変動を防ぐとともにネットゼロ経済における企業の競争力を高めることを目的に、2015年にWWFやCDPによって設立された共同イニシアティブです。SBTiが作成しているSBT(Science-based Target)は科学的根拠に基づいた共通のGHG排出削減目標であり、参加企業はSBTiが作成したガイダンスに基づきSBTを設定することが求められます。

適合した企業にはSBT認定が与えられ、排出量と対策の進捗状況を年一回報告し、開示する必要があります。そして、定期的に目標の妥当性を確認し、大きな変化が生じた場合には目標を再設定します。そうすることで、投資家や消費者からの評価につながるとともに、自社のサプライチェーン上の企業からのGHG削減目標開示要求に対応することが可能になります。

2024年8月19日時点で世界全体で8759社がSBTiに参加しており、日本企業も1200社以上が参加しています。SBTは現在国際的なデファクトスタンダード(事実上の標準)となっていることから、GHG排出削減に関して最も重要な指標の一つであるといえます。

2024年2月28日には、バリューチェーンを超えた二酸化炭素排出量削減を指す「ビヨンド・バリューチェーン緩和(BVCM)」に関して2つの報告書を発表しています。今まで基準が不明瞭であったBVCMに関して整理されており、さらに明確な気候目標を設定することが可能になりました[3]。

SBTN(Science Based Targets Network)

SBTN(Science Based Targets Network)はCDPや世界資源研究所(WRI)などによって2019年に設立されたイニシアチブであり、SBTiを補完する役割として位置づけることができます。

前述のSBTiが気候に重点を置いているのに対し、SBTNは気候にとどまらず、生物多様性、陸地、淡水、海洋にわたる環境への影響に包括的に取り組んでいます。企業や都市が科学的根拠に基づいて、気候変動に留まらない自然関連目標を設定するためのガイダンスである「SBTs for Nature」を作成し、より多くの企業や都市への拡大を目指して活動を行っています。

2023年のCOP28では、都市向けのSBTs for Natureを設定するためのプランが発表されました。2025年から最初のガイダンスが運用される見通しです。

なお、SBTs for Natureについては下記の記事で紹介しています。

【解説】SBTs for Nature〜科学に基づく自然関連目標〜

◆GHGプロトコル

GHGプロトコルは、国際的に認められたGHG排出量の算定と報告の基準を開発し、利用の促進を図ることを目的としています。

GHGプロトコルが発表した企業基準は、企業が電気やその他のエネルギー購入による排出量を測定することを目的としており、2001年の公開から世界中の企業で用いられています。2011年にはスコープ3の測定基準が公開され、スコープ3に関して唯一国際的に認められている基準として影響力を保っています。

また近年では「FLAG」(森林、土地、農業分野)が注目を集めており、そのセクターからの排出量を算定するための新ガイダンスが2025年第1四半期に発行される見通しとなっています。[4]

ISO14064/14065ISO 

ISO(International Organization for Standardization: 国際標準化機構)とは、国際的に通用する企画を制定することを目的としたNGOのことをいいます。

その中でもISO14064/14065は、統一的なGHG算定のルール、検証のルール、検証機関に対する要求事項に関する枠組みを提供するものとなっています。ISO14064はさらに3つのパートに分かれており、GHG算定におけるプロセスごとに異なるルールが定められています。また、ISO14065は検証機関に対する要求事項を定めたものです。

表1: ISO14064/14065が定めるルール環境省公開資料をもとに著者作成)

ISO14064-1組織(企業や工場等)におけるGHG算定のルール
ISO14064-2プロジェクトによる排出削減・吸収量算定のルール
ISO14064-3GHG算定の妥当性確認・検証に関するルール
ISO14065検証機関に対する要求事項を定めたもの

なおGHGに関する項目に関してはGHGプロトコルと共通する部分が多く、自然に関する包括的な基準は含まれていません。

◆CDPCarbon Disclosure Project) Japan

CDPは、英国発祥の非政府組織(NGO)であり、投資家や企業、国家等が自らの環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システムを運営しています(CDPホームページより)。

CDPは「CDP質問書」を企業に送付し、回答を基に環境リスク・機会についてのスコアリングを実施しています。質問書の中ではGHG排出量に関連する質問があり、大規模企業の拠点別データの集計など、様々な方法でGHG排出量を測定することが可能になっています。IFRS S2、TNFD等のフレームワークや基準に整合しており、企業の複数のフレームワークの相互運用を支援しています。

またCDPは2023年11月1日、CO2排出量の多い世界2,100社以上に対しSBTの設定を要請しました。対象とした企業のスコープ1と2の合計は8.3Gtに達し、これは米国、日本、英国の国別排出量に匹敵する量となります。また該当する企業全体では時価総額は約28兆米ドル(約4400兆円)に上ります。同要請には、307の機関投資家・金融機関と60のグローバル企業が賛同しています[5]。

3. ESGへのシフト―包括的なサステナビリティ情報開示に向けて—

前項までGHG排出に関する指標・機関について紹介してきましたが、近年ではGHGにとどまらない包括的なサステナビリティ情報開示の重要性が高まっています。GHGが影響する気候変動に主眼が置かれていた時代と比べ、21世紀に入ってからは2006年のPRI(責任投資原則)の発足を契機にESG(環境・社会・企業統治)が持続可能な社会の実現において重要視されるようになりました。

GHG→ESGのシフトを表す例として最も代表的なのが、TCFDとTNFDです。2015年に設立されたTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標の4項目から気候変動関連の情報開示を推奨してきました。

しかし、近年、気候変動のみならず生物多様性など自然や生態系が、企業や金融機関のビジネスモデルや財務活動に大きく影響を与えることがわかってきました。気候変動に関する情報だけでは企業と投資家双方にとって意思決定における情報が不十分となることから、自然や生態系全体の情報開示の仕組みを作ることが目指されました。そうして2021年にTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が設立されました。

【解説】TNFDとは?金融と自然環境の新しい架け橋

さらに、TIFDとTSFDの統合によるTISFDの設立も、不平等や社会面の情報開示を包括的なものにしたという点で、ESGの重要性を際立たせる重要なトピックです。

【解説】不平等・社会関連財務開示タスクフォース(TISFD)の今後の活動方針

前項で紹介したSBTNもまた、SBTiのフレームワークを補完する役割として設立された機関であり、GHG→ESGのシフトを表す一例であるといえます。

4. おわりに

本稿では、GHG排出削減に関わる組織や指標とESGへのシフトの重要性について紹介しました。

サステナブルな社会の実現に向けて、企業活動において要求される事柄は刻一刻と変化しています。そのような潮流は企業のESGに対する姿勢にも影響を与えており、SBTi等に加入するのみならず企業が結束し日本政府にさらなる野心的な目標設定を呼びかけるなど能動性が高まっていることから、ESG分析に対する需要は今後も高まり続けることが予想されます。aiESGが提供するESG分析サービスは、独自開発したAI技術により、精緻かつ多様なESG分析を可能にします。

aiESGでは、ESG関連基準やフレームワークについての基本的な内容から実際の非財務情報の開示に至るまで、サポートいたします。ESG対応にお困りの企業様はぜひお問合せください。

お問い合わせ:
https://aiesg.co.jp/contact/

参考文献
[1]https://wmo.int/news/media-centre/global-temperature-likely-exceed-15degc-above-pre-industrial-level-temporarily-next-5-years
[2]https://www.un.org/en/climatechange/events/world-environment-day-2024/live-blog
[3]https://sciencebasedtargets.org/news/the-sbti-releases-new-reports-to-help-accelerate-corporate-climate-action-beyond-the-value-chain
[4]https://ghgprotocol.org/blog/land-sector-and-removals-workstream-update
[5]https://www.cdp.net/en/articles/investor/367-financial-institutions-and-multinational-companies-worth-33-trillion-join-forces-to-demand-science-based-targets-in-race-to-15c


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