INDEX
(概要)
この記事では、2022年末に欧州議会と欧州理事会で合意された「CSRD(企業サステナビリティ報告指令: Corporate Sustainability Reporting Directive)」に焦点を当て、CSRDが日本企業にとってどう影響を与えるかを解説いたします。
・CSRDはサステナビリティ報告の”大枠の概念”を提唱し、EU域内および域外の企業に適用されます。この大枠の概念は、「開示情報の枠組み(ESGの分類について)」であったり、「対象企業分類」などの「指令を運用するための基盤となる条件設定」を指します。
・CSRDによって大枠が設定される際、詳細な開示条件などは「ESRS」という委任規則が別で設定されます。したがって、日本企業がCSRDの適応対象となった際は、CSRDという大枠を土台としたESRSから指定された報告を検討し、公開する必要があります(ESRSについては次回解説します)。
規制対応期限:CSRDに基づく企業条件は企業規模によって分類わけされています。日本企業(本社機能は日本かつEU域内に子会社機能を有する企業やEU域内で経済活動を行う企業)が注意するべき「公開期限」は以下の通りです。
EU域内子会社が
1. NFRD(非財務情報開示指令)の対象である場合:2024年1月1日から適用
2. 大規模企業群:2025年1月1日から適用
3. 中規模企業群:2026年1月1日から適用
4. 小規模企業群:2026年1月1日から適用
子会社機能を有していなくとも、EU域内でビジネスを行い所定の条件を満たす場合は「EU域外企業」という枠組みで以下の期限が設定されています:
5. EU域外企業(EU域内で経済活動を行う多くの日本企業):2028年1月1日から適用
CSRDは情報公開に際して、企業側に「独立保証制度」の導入について義務化しています。
これは、第三者から開示情報の正当性を保証されることが義務付けられる制度です。
以上の大まかな概要を通して、日本企業にとって重要な対応策は、主に以下の点です:
1. 自社がどの企業対象群に含まれるかの確認
2. EU域内子会社が存在する場合、子会社で独立した報告書を作成するか、本社機能との連結報告を選択
3. サステナビリティ報告に関する監督を担当する専門人材の確保
4. 第三者の保証人設定
小括ですが、日本企業は最も早い場合、2025年会計年度から適用(NFRDの対象でない場合)されることになり、遅くとも(条件に該当する場合)EU域外企業として2028年会計年度から適用となります。
概要が長くなりましたが、本記事では以下の項目に従い、さらにCSRDに関して詳しく説明していきます。
目次
(概要)
1. CSRD制定の目的&企業にとってのメリット
2. 対象企業群の条件
*保証制度の義務化
*電子タグ制度
*日本企業側の確認するべき事案
3. 開示情報の枠組み
4. 他のサステナビリティ開示指標とCSRDとの関連性
5. まとめ
1. CSRD制定の目的&企業にとってのメリット
CSRD(企業サステナビリティ報告指令: Corporate Sustainability Reporting Directive)は、欧州議会と欧州委員会にて2022年に採択されたサステナビリティ報告基準です。EU各国は国内法採択を通じて規制することが要求されます。CSRDによって示されている報告要件は、2024年から段階的に適用されていきます。
EUにおけるサステナビリティ報告基準は、2014年に公表された「NFRD(非財務情報開示指令: Non-Financial Reporting Directive)」が先行していました。しかし、NFRDは開示対象企業の条件を「EU域内における年間平均従業員500名超の大企業等」(およそ1万社程度)と設定したことによる企業数の少なさや、開示情報量や質の面において不十分さが目立っていました。そこで、より信頼性が高く時間をさかのぼった比較を行いやすくするための開示指令としてCSRDが採択されました。
CSRDは、NFRDと比較して対象企業数が約5万社(EU域内企業数のみで)と大幅に増加しています。加えて、開示要求項目についてもESG(環境・社会・ガバナンス)を網羅するように設定されています。
CSRDは、EUにおけるサステナビリティ報告の一貫性を高めることを通して、金融機関や投資家、そして一般の人々にとって比較可能で信頼できるサステナビリティ情報を企業側に提供してもらうことが大きな目的です。
CSRDがもたらす企業側へのメリットは以下が予想できます。:
・企業内外のステークホルダーの意識を高め、開示だけでなく経営の変革とサステナビリティへの取り組みを加速させる
・CSRDに基づく報告はより詳細かつ包括的であり、投資家やステークホルダーが持続可能性に関する情報をより信頼性の高い形でアクセスでき、投資の活発化などの効果
・企業の持続可能性戦略やリスク管理に対する理解の深化を通した透明性の向上
CSRDはEU域内企業だけでなくEU域外企業にも開示を義務化することを明言しています。日本企業においてもEU圏でビジネスを行っている場合、CSRDは無視できない規制として今後対応が要求されることが想定されます。
次項では、より細かな対象企業群の条件についてまとめています。
2. 対象企業群の条件
序章で示した通り、CSRDはEU圏内の企業を規模感に分けて開示期限の設定を行っています。CSRDはEU域内のすべての大企業、EU規制市場に上場する中小企業、EU域内で実質的な事業を展開する非EU企業の3つの主要企業グループに適用されます。上場中小企業はEU域内の規制市場で有価証券が取引されており、大企業の定義に該当しない企業です。なお、前述したNFRD対象企業群はそのまま大規模企業群として分類されつつ、CSRDの運用開始時期が他の大規模企業より1年前倒しで開始されます。
表1: CSRD適用条件と対象企業 (著者作成)
適用条件: 3要件のうち2つ以上を2会計年度連続して充たす*零細企業は、2つ以上の要件を満たせば適用対象除外 | 運用開始時期 | |
NFRD適用会社(大規模会社) | 従業員500人以上のEU規制市場上場および銀行など | 2024年1月1日から |
大規模 | 従業員250人以上OR純売上高4,000万ユーロ以上OR貸借対照表合計(総資産)2,000万ユーロ以上 | 2025年1月1日から |
中規模 | 従業員250人以下OR総売上高4,000万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)2,000万ユーロ以下 | 2026年1月1日から |
小規模 | 従業員50人以下OR総売上高800万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)400万ユーロ以下 | 2026年1月1日から |
零細企業(適用除外条件) | 従業員10人以下OR売上70万ユーロ以下OR貸借対照表合計(総資産)35万ユーロ以下 | 適用予定なし(もし条件を充たしたら) |
EU域外企業 | 前提条件:EU域外の最終親会社が過去2期連続でEU域内での総売上が1億5千万ユーロ超&追加条件(いずれか一方を充たす):(1) EU子会社が大規模企業または上場企業に該当する OR(2) EU支店のEU域内の総売上高が4千万ユーロ超 | 2028年1月1日から |
*保証制度の義務化
CSRDは開示される情報における「第三者保証」を段階的に義務化する予定です。これは、報告された情報の信頼性を確保することが目的です。なお、欧州員会にて既存の基準が存在しないため、厳しい措置を即座に実施することは困難であると判断され、当面の間は一部の情報に関する「限定的保証」を制度化することを目指しています。2026年10月1日よりも前に欧州委員会が限定的保証の基準を採択する予定です。そして、2028年10月には合理的保証(より広範な監査)基準を採用する予定です。
*電子タグ制度
作成される報告書(XHTML形式)は、欧州単一アクセスポイント(ESAP)モデルを用いることで、デジタル分類に従った「タグ付け」保証が要求されます。情報のデジタル化を通して、金融セクターのデータ利便性と再利用の向上を目指しています。
*日本企業側の確認するべき事案
1. EU域内子会社の該当性の確認:EU域内子会社がCSRDで規定された大企業に該当する場合、2025年から適用対象となります。また、子会社がCSRD運用対象ではなくともEU域外企業としての条件を満たす場合は、2028年からCSRD運用が開始されます。
・なお、子会社がEU規制市場へ上場させているなどの場合は、中規模・小規模企業群としての確認も必要となります。
2. EU域内子会社がCSRDの適用対象となる場合は以下の2通りの開示手段が検討:
(1) 子会社単独でCSRDに基づくサステナビリティ報告の開示を行う
(2) 親会社の日本企業のCSRD準拠もしくは”同等の基準に基づいた連結ベースでサステナビリティ報告の開示を行っている場合”、EU域内子会社の報告義務免除対応.
(3) EU域内子会社のみで対応する場合、現地の組織がサステナビリティ情報の開示に必要なリソースと経験をもっているかどうかを確認:十分なリソースや経験がない場合には、親会社である日本企業の支援や連結ベースでの報告を検討する必要があります。
3. 開示情報の枠組み
CSRDによる報告義務は、企業のサステナビリティ情報の開示を強化し、具体的な報告要件を定めます。報告に含まれる項目は、企業のビジネスモデルや戦略、環境や社会への影響などESGに関連する情報です。
こちらのCSRDは、特徴として「ダブルマテリアリティ」概念を導入していることが挙げられます。こちらは、他の企業評価基準に見られる「開示されないことで投資家判断などに影響を与える情報提供の義務化を要求する」”シングルマテリアリティ”とは一線を画します。ダブルマテリアリティは、サステナビリティに関する事項が企業の業績や財務状況への影響だけでなく、企業活動が”環境”や”社会”へ与える影響についての開示設定を行うことを指します。
CSRDの規制事項は以下のようなESG三要素に基づき設定されます。:
表2: ESG指標の各項目
環境指標 | 社会指標 | ガバナンス指標 |
温室効果ガス | 従業員管理 | 取締役構成と多様性 |
エネルギー | 職務環境・ワークライフバランス | 役員報酬 |
水・海洋資源 | ジェンダー平等・同一労働賃金 | リスク管理 |
天然資源 | サプライチェーン管理 | 統治構造と慣行 |
汚染 | コミュニティ参画 | ロビイングなどの政治活動 |
生物多様性 |
これらの要素を考慮したうえでCSRDにおける規制事項は以下の通りとなります (*事項ごとの詳細な要件は委任規則であるESRSによって定められます):
・ リスク・機会を含むビジネスモデルと戦略
・ 期限付き目標
・ 経営・監督機関などの役割・必要な専門知識とスキル
・ 方針
・ 経営・監督機関等のメンバーに提供されるインセンティブ
・ デューデリジェンスプロセス・事業およびバリューチェーンにおける負の影響の特定と防止・緩和などのための対応と結果
・ 主要なリスクとその管理方法
・ KPI(重要業績評価指標)
4. 他のサステナビリティ開示指標とCSRDとの関連性
「2.対象企業群の条件」の「*日本企業側の確認するべき事案」にて触れられた「”同等の基準に基づいた連結ベースでサステナビリティ報告の開示を行っている場合”」についての補足項です。
CSRD(と委任規則ESRS)は現時点で明確にはしていませんが、「同等のサステイナビリティ報告要件」を設定する意向を示しています。これは以下のようにCSRD側が想定する基準を満たした他のサステイナビリティ規制を同等と見なすということです。:
・サステイナビリティ事案の広範な範囲を包括的に提供
・サステナビリティパフォーマンスの企業間比較が容易
・提供される情報の正確性を確保する信頼に値する手段を設定
・ステークホルダーが容易にアクセスし理解できるような情報提示
CSRD側は、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)を潜在的な同等基準評価の対象として認識している。広い意味で捉えると、これらの同等基準の対象は、GRIスタンダードやSASBスタンダード、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などへと拡大されることも想定されます。注意点として、これらは未だ「確定に向けた検討段階」であるために、CSRDの適用開始時期が迫っていることを考慮する必要があります。
また、現在日本においてはサステナビリティ報告基準として、ISSB基準を踏まえた国内基準を検討しています。2024年度中に確定基準を公表する予定であり、CSRDの同等基準評価対象かについては今後議論がされていく可能性があります。
このようにCSRD適用に関しては、日本企業側はCSRDを適用させるのか、それとも他のサステイナビリティ報告基準を同等基準として免除対応してもらうかの判断はしにくい状況です。
5. まとめ
本記事では、EU版サステナビリティ報告基準であるCSRDについて解説しました。CSRDは、EU域内および域外の企業に適用される大枠の概念を提唱し、具体的な開示要件などは別途設定されるESRSによって定められます。CSRDの目的は、企業のサステナビリティ情報を比較可能で信頼性の高い形で提供することです。
CSRDはEU域内の企業を対象としており、企業の規模によって適用開始時期が異なります。また、EU域内で実質的な事業を展開する非EU企業も対象となります。日本企業にとっては、EU域内子会社の該当性やEU域外企業としての条件を確認し、CSRDへの適用対応を検討する必要があります。
CSRDによる報告義務では、環境・社会・ガバナンスの観点からの情報開示が求められます。特にダブルマテリアリティ概念が導入され、企業の業績や財務状況だけでなく、環境や社会への影響についても開示されます。
CSRDと他のサステナビリティ開示指標との関連性については、CSRD側が同等基準を認識する意向を示していますが、具体的な基準はまだ未定です。日本企業にとっては、CSRDへの適用を検討するか、他の基準を同等として免除対応を受けるかの判断が難しい状況です。
aiESGでは、CSRDについての基本的な内容から実際の非財務情報の開示に至るまで、サポートいたします。CSRD対応にお困りの企業様はぜひお問合せください。
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