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【解説】TNFDの開示状況と課題

  • TNFD
  • 基準/規制
  • 2023年9月18日にTNFDの最終提言が公開されました。
    先日、当サイトでもTNFDの概要についてご紹介しました。

     【解説】TNFDとは?金融と自然環境の新しい架け橋
      https://aiesg.co.jp/report/230913_tnfdreport/

    今回は最終提言に先んじて公開されている日本企業のTNFDレポートを紹介しながら、開示に向けた準備や課題についてより具体的に解説します。

    TNFD開示企業(2023年9月時点)

    TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、 自然関連財務情報開示タスクフォース)に準拠した情報開示を行うことで、企業や金融機関は事業活動と自然資本や生物多様性との関係を評価し、リスクや影響、持続可能性を明らかにします。自然にとって、あるいは自社の経営にとってリスクが高い事業活動や地域を発見することは、企業の大きな利益につながると考えられます。

    最終提言の公開前から、既に国内のいくつかの企業はTNFDに基づく情報開示を行っています。以下は2023年9月までにTNFDレポートを公開している代表的な企業です。

    企業名公開時期レポート
    キリンホールディングス2022年7月2023年7月環境報告書2022」「環境報告書2023
    三井住友フィナンシャルグループ2023年4月SMBC グループ 2023 TNFD レポート
    花王株式会社・アクセンチュア株式会社 共同調査2023年4月生物多様性がもたらすビジネスリスクと機会–TNFD評価 地域特性を踏まえたケーススタディ–
    株式会社資生堂2023年5月2023 Shiseido Climate/Nature-related Financial Disclosure Report
    KDDI 株式会社 2023年6月TNFD レポート 2023
    日本電気株式会社2023年7月NEC TNFD レポート 2023
    東急不動産ホールディングス2023年8月TNFDレポート〜東急不動産ホールディングスグループにおけるネイチャーポジティブへの貢献〜
    九州電力グループ2023年9月九電グループ TNFD レポート 2023
    表1 :TNFDレポートを公開している企業(2023年9月時点)

    TNFDレポートのタイプ

    TNFDの詳細な構成については前回のレポートを参照していただきたいと思いますが、その中心となるのは開示提言の4つの柱、ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、選定指標とターゲットです(図1)。

    図1:TNFD開示提言の草案  (出典:TNFD Full Beta Summary v0.4 日本語版)


    既存レポートの多くではこれらの提言に沿った記述が試みられています。また、自然関連リスクと機会の評価に役立つとして推奨されるLEAPアプローチ、発見、診断、評価、準備(図2)についても、複数の企業が実戦的に取り組んでいます。

    図2:LEAPアプローチ  (出典:TNFD Full Beta Summary v0.4 日本語版)


    レポートでの開示には、現状入手できる情報に応じていくつかのパターンが考えられます。

    理想形となるのは、事業体全体について可能な限りの指標を算出し、開示提言に沿った説明や定量評価を記述するものです。最終的に目指すべき形式ではありますが、サプライチェーン全域の自然関連指標を集めることは容易ではありません。以前から定期的にESGや環境関連の詳細なレポートを公開してきた実績のある企業など、限られた組織でなければ完璧な開示に至るのは難しいのが現状と言えます。

    また、リスクの高い事業や地域を先に洗い出し、それらについて優先的に報告を行う場合もあります。実際に多くの企業のレポートがこの方法をとっています。重要度によって調査範囲を絞ることで開示のためのコストを減らすことができますが、それらを特定するに至った経路や根拠を明示する必要があります。また、この段階でLEAPアプローチを利用することで議論に説得力を持たせることもできます。


    一方で、ケーススタディをメインとしたレポートも考えられます。シナリオごとのリスクや具体的な取り組みに焦点を当てることで、定量的な指標をそろえることが難しい場合であってもTNFDに絡めた開示を行うことが可能です。ただし要求される基本的な提言に沿った情報が不足する場合は、TNFDレポートとしては不十分となってしまう可能性があります。

    レポート開示事例

    ここでは、いくつかのTNFDレポートの内容をより具体的に紹介します。一般要件、開示提言に加え、LEAPアプローチの利用方法についても企業ごとの解釈に伴い様々な試みがなされていますが、実際どのような例があるのでしょうか。


    開示例1:キリンホールディングス 「環境報告書2023」より「TCFDフレームワーク・TNFDフレームワーク案などに基づいた統合的な環境経営情報開示」[1]

    https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/environmental2023_03.pdf

    提言概要
    一般要件対応箇所はないものの要件はほぼ満たす
    ガバナンス監督・執行体制、リスクマネジメント体制の紹介
    戦略リスクとインパクトの評価、シナリオ分析、アプローチ、移行計画
    リスクとインパクトの管理「リスク管理」の章で物理的/移行リスクと対応戦略をシナリオごとに提示
    測定指標とターゲット種類ごとの目標と実績、投資計画

    キリンは2022年7月に世界で初めてTNFDに準拠した情報開示を試行しています[2]。今回は2023年版について、レポートの特徴をまとめています。


    ⚫︎TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFDをまとめて開示
    開示提言の柱を共有するこれらのフレームワークは、企業の取り組みを通してみると重なる部分も多く、こうした方法は効率的であると言えます。ただし、どちらのフレームワークに沿った内容であるかが不明瞭になる恐れもあります。

    ⚫︎冒頭で対象事業や時間軸を定義
    レポートの想定する範囲が明確になります。

    ⚫︎TNFDの推奨するツールの利用
    「自然資本に関するリスクと機会分析」の章では、はじめにENCORE[3]を利用することで、グループ全体の事業領域における依存と影響を示しています。

    ⚫︎LEAPアプローチの利用
    ENCOREのスクリーニング結果と現地の実際の状況を踏まえ、スリランカの紅茶葉生産地においてTNFDが推奨するLEAPアプローチを適用した分析を行っています。


    全体を通して一般要件や開示提言の4つの柱が求める内容にかなり詳細に準拠している一方で、コア指標の定量的な開示などは未だ完全に対応しているとは言えず、関連すると思われる指標を試行的に開示するなどさらに精度をあげたレポートの作成が目指されています。


    開示例2:九州電力 「九電グループ TNFDレポート2023[4]

    https://www.kyuden.co.jp/var/rev0/0448/2017/v5m2tdk4.pdf

    提言概要
    一般要件特に「他サステナビリティ課題との統合」について言及
    ガバナンスサステナビリティ推進委員会、環境管理システム等の紹介
    戦略発電事業ごと影響と依存の評価
    リスクとインパクトの管理発電事業ごとリスクの評価
    測定指標とターゲットコア指標との対応を明記、自然資本に関する目標

    九州電力は2023年9月にTNFDレポートを公開しています。電気事業者はTNFDが提案する優先セクター(TNFDへの準拠が優先的に推奨される業界)にも含まれており、自然資本との相互的な影響が大きい分野の1つです。こちらのレポートには以下のような特徴があります。


    ⚫︎冒頭で対象事業を定義
    レポートの想定する範囲が明確になります。レポート内でも発電事業ごとにリスク評価をすることで、構成が分かりやすくなっています。

    ⚫︎TNFDの推奨するツールの利用
    「自然資本関連の影響と依存」の章において、ENCOREを利用し、直接操業と燃料調達が自然資本に与える影響と生態系サービスへの依存のヒートマップを作成しています。

    ⚫︎独自の評価基準を導入
    上記ENCOREの結果に企業独自の条件や自然災害の発生可能性など個別の項目を追加的に導入し、ヒートマップを更新しています。

    ⚫︎自社の取り組み紹介
    「自然資本に関する機会」の章で、企業が取り組んでいる自然資本関連の取り組みを具体的に記載しています。


    各リスクの影響や評価の判断根拠の説明(リスクとインパクトの管理)に比較的重点を置いたレポートです。コア指標に対応する数値などはESGデータブックに誘導することで示しています。

    TNFDレポート公開のハードル

    今回、既存のレポートの分析を通して、企業が直面するであろう様々な課題が見えてきました。そのうち業種や企業の規模によらず共通すると考えられる大きなハードルは以下の3つです。


    課題1:優先地域・事業の判定
    これまでも触れてきましたが、多くの企業にとって最初からすべての事業領域に関するバリューチェーンを完全に遡った分析を行うのは困難です。情報公開の範囲を絞ることが解決策の一つとなりますが、その場合の判定には根拠が必要です。

    上記レポートでも利用されているENCOREなどのツールは、おおよそどの地域・事業分野でリスクが大きいかをおおまかに把握できるという利点から、自社事業と自然との接点を把握する最初の手段としてよく用いられています。一方で、詳細な指標を分析したり自社事業の特徴を反映させたりすることはできません。十分な説得力を持たせて優先度を判定するためには、より粒度の高い手段を検討する必要があります。


    課題2:開示提言の内容
    開示提言の4つの柱、およびその下に位置する14の提言それぞれについて何をどの程度開示するべきかの判断は、現状企業の解釈によるところが大きいです。特に「戦略」と「リスクとインパクトの管理」の2つの柱については内容の線引きや掲載順序の判断が難しく、様々な試行錯誤が行われている印象でした。九州電力のように、あえてセクションとして明確に対応させないレポートを作成している企業もあります。今後TNFDや投資家団体からのフィードバックなどを通して、徐々に一般的な形式が確立されていくことも予想されます。


    課題3:コア指標の測定
    TNFDは全ての事業に共通して開示を強く推奨するグローバル中核開示指標に加え、セクター別、バイオーム別の開示指標を公開しています。これらの指標には定量的なデータが必要であり、求められる内容は土地利用や汚染物質排出、自然関連リスクにさらされる資産の割合など多岐にわたります。

    既にESG関連のレポートを毎年公開していたり、自社のサプライチェーンを詳細に把握していたりする企業にとってはハードルが比較的低いと言えますが、それでも要求される指標を完全に満たした開示はまだ行われていないのが現状です。

    aiESGが提供するESG分析では、独自に保有するビッグデータに基づき、サプライチェーンの末端までさかのぼる形でリスクが大きい地域をホットスポットとして可視化・特定することが可能です。約3,200項目のESG指標には、従来のサービスで測定可能な温室効果ガス排出量などの指標に加え、コミュニティへの影響や先住民の権利なども含まれ、TNFDが要求する社会面に関しても定量的に捉えることができます。

    おわりに

    世界の総GDPの半分を超える、44兆ドル相当の経済価値が中程度あるいは高度に自然環境に依存する[5]とされる中、自然関連情報開示への注目度は今後さらに高まっていくことが予想されます。TNFDは既に多くの企業が準拠するTCFDと共通の提言が利用されていることもあり、企業サイドにも投資家サイドにも受け入れられやすい情報開示フレームワークとして期待されています。最終提言の公開によって情報開示へのステップが次第に具体的になっている今、まずは早期に開示へ向けた議論を開始することが重要です。

    aiESGでは、TNFDについての基本的な内容から実際の非財務情報の開示に至るまで、サポートいたします。TNFD対応にお困りの企業様はぜひお問合せください。


    お問い合わせ: 
    https://aiesg.co.jp/contact/


    Bibliography

    [1] https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/environmental2023_03.pdf
    [2] https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00005/080500243/
    [3] ENCORE(Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposure)
    国連環境計画世界自然保全モニタリングセンター(UNEP-WCSC)、自然資本金融同盟(NCFA)などが共同開発したリスク評価ツール。
    https://www.encorenature.org/en
    [4] https://www.kyuden.co.jp/var/rev0/0448/2017/v5m2tdk4.pdf
    [5] https://www3.weforum.org/docs/WEF_New_Nature_Economy_Report_2020.pdf


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