ИНДЕКС
2024年8月27日に開かれた第12回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議は主に日本のエネルギー事情の今後について議論が交わされました。また、9月3日より内閣府に「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」が開設され、GX-ETS(排出量取引)についての議論が本格化してきました。現在、日本経済は脱炭素に向けた大きな変革のタイミングにあります。
2023年2月に経済産業省(以下、経産省)は『GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~』を発表した後、同年7月には『脱炭素成長型経済構造移行推進戦略』(GX推進戦略)を発表しました。当該方針・戦略を設定した背景として、世界のエネルギー事情の変容に対応することが理由として挙げられています。経産省は、化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へと転換する「グリーントランスフォーメーション(GX)」を戦後における産業・エネルギー政策の大転換と位置づけています。また、エネルギー安全保障の観点だけでなく、GXは2030年度の温室効果ガス46%削減や2050年カーボンニュートラルの国際公約達成も含んでいます(環境省).
日本は上述した「脱炭素成長型経済構造」にシフト移行するために政府・行政・企業・金融・学術など多様な機関の協力を積極的に行っていきます(首相官邸).
本稿は、日本におけるGX戦略の概要を記述すると同時に、企業のサステナビリティ担当者が意識するべき事項についてまとめています。
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1. GX推進戦略と予算
2. GX推進戦略に係る現在の取組
2.1. トランジション・ボンドの概要
2.1.2. GXリーグの概要
2.2. ESG情報開示の整備
2.3. 農林水産省の脱炭素化戦略
3. 日本企業が現在から検討できる対応とは
4. まとめ
1. GX推進戦略と予算
GX戦略は、日本が直面するエネルギー安全保障の課題解決の側面と、パリ協定が指示する「世界の気温上昇平均を1.5℃に抑える努力を追求する」(外務省)という国際公約の側面を有します。日本は、2013年の排出量を基準値とした上で2030年には46%削減、そして2050年には「排出・吸収量」のカーボンニュートラル*を公約とする旨を2020年に宣言しています。
*カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを意味します。
カーボンニュートラルに向けた取組について、日本政府は更に積極的対応を図る目的で、2023年に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)と「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」(GX脱炭素電源法)を成立させました。こちらの法律を基に政策具体化を行った後、2023年7月に閣議決定された「GX推進戦略」では主な政府の取組について以下の2つが分類されています。
i. エネルギー安定供給の確保を大前提としたGXの取組:
徹底した省エネに加え、再生可能エネルギーや原子力などのエネルギー自給率の向上に資する脱炭素電源への転換などGXに向けた脱炭素の取組を進めること
ii. 「成長志向型カーボンプライシング構想」等の実現・実行:
「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む炭素価格市場を推進すること
GX推進戦略を達成するため、日本政府は2024年度でGX推進対策費を6036億円として閣議決定しています。こちらは、当初2023年時点では1兆2608億円を概算要求していましたが、財務省との協議を経たのちに半減対応されています(地球・人間環境フォーラム)。2023年2月に経産省が公表した『GX実現に向けた基本方針(案)』においては、今後10年間の政府支援額が約20兆円規模であり、官民投資額では150兆円規模(10年間全体)を想定していることを考慮しますと、現在日本政府のGX推進戦略は予算感が想定より低くなっていることが現状です。
今後10年間のGX政策は以下の5つへと分類分けされます(金融庁資料p.1引用)。
①GX経済移行債の創設
・「成長志向型カーボンプライシング構想」の具体化
・「GX経済移行債」による政府資金の先行調達
②規制・支援一体型投資促進策
・規制・制度的措置による財政出動の効果最大化
・事業の収益性や投資の予見可能性を高める新たな制度的枠組みの創設
③GXリーグの段階的発展・活用
・GXリーグの試験運用による自主的排出量取引推進・カーボンクレジット市場の整備含めた取引実施
④新たな金融手法の活用
・グリーン・トランジション・イノベーションの金融手法を組み合わせ、世界のESG資金の呼び込み
・企業の情報開示の充実・ESG評価機関の信頼性向上やデータ流通のための基盤整備
⑤国際展開戦略
・アジア・ゼロエミッション共同体構想の実現等により、アジア諸国の脱炭素化協力体制を強化
・米国等の先進国とクリーンエネルギー分野のイノベーション協力を進める
経産省が公開している『クライメート・トランジション・ボンド・フレームワーク』に掲載されている「今後10年を見据えたロードマップの全体像」(図1)によると、GX戦略は、主に投資や融資などを通じて集中的に取り組む形で、日本国内の市場ひいては国際市場を開拓しようという意識が向けられます。これらの戦略は、決して「脱炭素」のみに着目しているわけではなく、環境・社会・ガバナンス(ESG)の側面を視野に入れた社会全体の変革を促すことを意図していることが確認できます。
図1:今後10年を見据えたロードマップの全体像(в...)経済産業省)
2. GX推進戦略に係る現在の取組
2023年に戦略設定を行った後に、日本政府はGX計画達成のために2つの施策を中心に取り組んできています。
a. クライメート・トランジション・ボンド・フレームワークの策定
b. 成長志向型カーボンプライシング構想の導入(GXリーグの試験的運用)
上記の政策は、脱炭素への取組に係る循環型の投資サイクルを構築することが目的として挙げられます(図2参照)。特筆すべき点として、日本政府は脱炭素における長期的視野を有して企業と協力することに注目している点です。直接的に炭素削減を望むだけでは、産業形態(特に電力産業・重工業)によって経済活動の困難化をもたらすことがあります。日本政府は、「将来的に削減しうる技術開発への投資」へ投資することの積極的促進や、「開発した技術によって他の企業が削減した炭素量」などを「削減貢献量」という名称で導入することによる経済市場全体での削減動機付を目指しています。
図2:成長志向型カーボンプライシング構想による投資促進パッケージ(в...)内閣資料)
政府が想定している循環的な脱炭素への手順は以下の通りです。現在計画が開始しているとされますプロジェクトは太字表記しています。
①「GX経済移行債*」を活用した20兆円規模(10年間合計)の先行投資支援 *2050年までに償還
・世界初として国主体が発行する「トランジション・ボンド」(経済移行債)を通じた民間の脱炭素への取組の活性化
②カーボンプライシング導入(炭素排出市場の設定)によるGX投資先行に関する動機付け
・予想されているカーボンプライシングの導入時期
・【2023年度~】自主参画企業連盟のGXリーグ内で「炭素取引制度(GX-ETS)」の試験的運用
・【2026年度~】多排出産業等の、企業毎の状況を踏まえた「排出量取引制度」の本格始動
・【2028年度~】化石燃料賦課金制度を輸入事業者等に賦課
・【2033年度~】発電事業社に対して、「有償オークション」制度を段階的に導入
③新たな金融手法として「トランジション・ファイナンス」の活用
・トランジションファイナンスとは、「脱炭素社会の実現に向けて中長期的な戦略にのっとり、着実なGHG削減の取組を行う企業に対し、その取組を支援することを目的とした新しいファイナンス手法」です(経済産業省).
以下では、「トランジション・ボンド」と「GXリーグ」について解説したのちに、同時並行でGX戦略に関わる「ESG情報開示の整備」と「農林水産省の新たな動き」について解説します。
2.1. トランジション・ボンドの概要
経産省は、カーボンニュートラルへの転換に向けて取り組むにあたり、予見可能性を確保したカーボンプライシングの設計や、産業界との議論を通じた適切な社会転換を行う重要性を強調します(経済産業省)。特にカーボンプライシングについては、積極的姿勢を示しています。
トランジション・ボンド(GX経済移行債)は、「将来施行するカーボンプライシングを償還財源として早急な脱炭素移行に挑戦する企業などを支援する」ことが第一のコンセプトです。
加えて、脱炭素に向けた移行に貢献するプロジェクトについても資金使途に入れることを通じた民間事業者による脱炭素へ向けた投資を後押しして、民間金融機関によるトランジション・ファイナンスを推進することも目的の一つとなります。
最後に、GX経済移行債を個別銘柄(クライメート・トランジション・ボンド)として発行し、投資家と市場間の対話を促進した定期的な報告体制などを整備することで、社会全体で着実な脱炭素に向けた変容を促すことも示唆されています。
このように、クライメート・トランジション・ボンドは、日本におけるGX推進に必要な資金を調達するための手段として整備することを、経産省は目指しています(経済産業省)。政府は今後20兆円規模の先行投資支援を実行しながら、官民協調のGXを推進していきます。
2.1.2. GXリーグの概要
GX経済移行債のコンセプトにもあるように、日本政府は現在日本版カーボンプライシング市場の開発に積極的に取り組んでいます。GX推進法のもと追求される2050年カーボンニュートラルのために、経産省は2022年に「GXリーグ基本構想」を公表し、2023年からGXリーグの取組を開始しました。GXリーグは企業の自主参画を通じて構成される連盟であり、参画企業同士の結びつきを通じたカーボンニュートラル政策の実現に向けた官民学の協力体制の仕組みを制定します。GXリーグへ参画する日本企業は2023年時点で679社となっていて、参画企業の排出する温室効果ガスの総量は日本全体の4割程を占めます。
GXリーグの主軸の活動は先述した「カーボンプライシング市場」の設定に向けた試験的運用にあります。GX-ETS(Emission Trading Scheme)と称され、現在(2024年時点)は、第1フェーズ(2023~2025)の排出削減目標に照らし合わせた排出量の排出超過分もしくは排出削減分を実験的市場において取引することが出来ます。参画企業は、排出量削減に関して【①2030年度排出削減目標】【②2025年度排出削減目標】、そして【③第1フェーズ(2023年度~2025年度)の排出削減目標】を設定・報告する必要があります。現時点での取引対象は、「国内における直接排出」分のみに限定されていますが、2026年度から排出量取引制度の本格始動を検討している日本政府は、GXリーグを通じて取引対象を拡大していくことが予想されます。
2.2. ESG情報開示の整備
経産省はGX戦略の今後の対応において、「サステナブルファイナンスの推進」を挙げています。日本のTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)賛同社数は世界一であることを引用しながら、企業側の実践的な情報開示を更に促進することが重要であることを経産省は述べます。そのため、「ESG市場拡大」が今後更に進展していくことが予想されます。
ESG市場拡大において重要な点は、「企業がサステナビリティに関する非財務情報を開示する」ことです。近年は、欧州を筆頭に世界各国でESG情報開示の基準や規制が開発・発展しています。日本も他の地域に追従する形で、有価証券報告書において「サステナビリティ」項目記載を義務化するなど変化を起こしています。
ESG(環境・社会・ガバナンス)を冠していることから、これらの動きは決して環境だけに留まりません。企業の「人権・雇用・労働慣行」へ注目を向けてもらい、サプライチェーン全体での透明化された環境整備なども重要です。有価証券報告書では、「コーポレートガバナンス」に係る項目なども同様に新設されています。世界的に、社会面・ガバナンス面を企業側が報告するような仕組みづくりが進んできていることが確認できます。
参考:aiESG 『【解説】有価証券報告書に見られる社会・人的資本の重要性』
GX戦略は目標意識が「2050年カーボンニュートラル」ではありますが、日本企業は脱炭素を目指す過程において同時並行で「ESG戦略」も設定・追求する必要性に迫られるでしょう。それは環境・社会・ガバナンスをサプライチェーン全体で意識したうえで対応することが求められることを意味します。
2.3. 農林水産省の脱炭素化戦略
GX推進戦略の枠組みの中とは異なりますが、農林水産省も近年環境保全の観点から積極的なサステナビリティ対応を図っています。農林水産省は補助金事業の条件として「環境負荷の低減」を全事業にて義務付ける判断を2024年4月から行っています(日経ESG)。本対応は、総額2兆2700億円の全ての対象事業で環境負荷の低減を義務化することを目指していて、環境と生産性の両立を図ります。
本戦略は、食料・農林水産業の生産力向上と接続性の両立をイノベーションで実現することを目指す「みどりの食料システム戦略」(2021年策定)をきっかけに制定されました。みどりの食料システム戦略では、2050年におけるカーボンニュートラル完了を目指して、第一次産業を中心とした産業での脱炭素化や食品ロスの低減などを目標として設定します。
補助金事業の条件厳格化のみに限らず、更に農林水産省は消費者への「見える化」を推進することを目的に、「温室効果ガスの削減度合い指標」を2022年度から実証実験を行っています。「みえるらべる」と名称付けし、特定の国産作物の環境負荷低減対応を可視化することを通じた生産から消費までのサイクル全体で持続可能的な取組が行えるように取り組んでいます。
GX戦略などもいずれは選定された産業に属する日本企業に対して補助金を通じた条件付与を行うことが予想されます。2050年のカーボンニュートラルに向けた政府の取り組みは、徐々にではありますが進展していると言えるでしょう。
3. 日本企業が現在から検討できる対応とは
GX戦略が今後発展していく中で、日本企業は今後脱炭素、ひいてはサステナビリティを意識した事業経営の重要性が増していきます。特に炭素市場の本格始動は、企業側に積極的な排出量計算と報告を求めることが検討されます。加えて、現在世界的に開発されつつあるサステナビリティ報告基準規制などもGX戦略の促進と同時に日本企業は対応していかなければならないでしょう。
日本企業がGX戦略へ現時点で適応するためには、以下のような取組が予想されます。
1. 排出量の把握と削減目標の設定:GXリーグの試験的運用に伴い、企業は自社の温室効果ガス排出量を正確に把握し、削減目標を明確に設定する必要があります。第1フェーズ時点では、自社が国内で直接排出している分のみが取引の対象ですが、本格始動後(2026年度想定)には範囲を拡大している可能性もあります。重要なのは、早い段階から排出量削減の進捗を把握・管理することを通じた、炭素市場における取引やそれに伴うインセンティブを有効に活用できる点にあります。
2. サステナビリティ報告基準への対応:国際的に求められるサステナビリティ報告基準(CSRD/ESRS・SASB・TCFD/TNFD等)への対応も、カーボンニュートラルを推進していく中で重要になります。特に、排出量削減の取組や環境負荷の低減を「透明性」をもって報告することで、国内外の投資家や消費者からの信頼を得ることができます。また、これらの基準へと準拠することは、自社内の長期的経営リスクの検討にも繋がるため、カーボンニュートラル実現のための明確なロードマップを策定することが可能になります。
3. 持続可能なサプライチェーンの構築:企業は自社のみならずサプライチェーン全体での脱炭素化を推進する必要があります。原材料の調達から製造、流通、更に消費・廃棄に至るまで、環境負荷を最小限に抑えるための戦略を策定し、パートナー企業とも協力して実行に移すことが重要です。
GX戦略において重要な点は、環境面への対応だけではありません。サステナビリティ報告基準などが含むように、日本企業は今後サプライチェーン全体への意識を向けたうえで、人権やガバナンスの点についても定量的に分析・公開することが必要になってきます。
4. まとめ
日本のGX戦略は、エネルギー安全保障や温室効果ガス削減に向けた取り組みを強化し、カーボンニュートラル実現に向けた大きな一歩を踏み出しています。この戦略は、クリーンエネルギーへの転換を推進し、カーボンプライシングやトランジション・ファイナンスを導入することで、企業と政府が一体となって脱炭素社会を目指すものです。
日本企業にとっては、この戦略に適応するために、自社の温室効果ガス排出量の把握や削減目標の設定が重要です。また、サステナビリティ報告基準への対応も求められており、今後の経営戦略においては、脱炭素化を見据えた長期的な視野が必要です。早期にこれらの取り組みを始めることで、企業は炭素市場での競争力を高め、持続可能な経済成長を達成できるでしょう。
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