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はじめに
2024年12月8日、aiESGのChief Data ScientistであるLi Chao(筆頭著者)をはじめ、Chief Researcherのキーリーアレクサンダー竜太、Chief Scientific Advisorの武田秀太郎、最高経営責任者(CEO)の関大吉、そして代表取締役の馬奈木俊介が共同執筆した論文が発表されました。
本研究の成果は、ESG(環境・社会・ガバナンス)の分野の著名な学術誌「Business Strategy and the Environment」(2024年インパクトファクター:12.5)に掲載されています。
論文タイトル:”ESG Tendencies From News Investigated by AI Trained by Human Intelligence”
DOI(論文リンク):https://doi.org/10.1002/bse.4089
研究のポイント
本研究では、ESG関連のニュースの論調がどのように変化しているのかを、客観的かつ定量的に分析しました。2021年9月から2023年9月までの約2年間にわたり、独自開発のAIモデル「TMPT(The text match pre-trained transformer)」を用いて、米国のニュース機関が発行した英語記事約216万本を解析しました。
その結果、以下のような傾向が明らかになりました。
- 環境問題(E)に関する報道数は減少傾向
- 社会問題(S)に関連する話題への関心が増加傾向
- ESG全体への関心が増加傾向
この変化は、企業にとって重要な意味を持ちます。社会の関心の変化を正確に把握し、それを経営戦略に反映させることが今後ますます求められていくでしょう。
本研究は以下の流れで構成されています。

本記事では、研究の内容を分かりやすく解説するとともに、aiESGが提供するサービスについてもご紹介します。
ESGデータ分析や戦略策定にご関心のある方は、ぜひ最後までお読みください。
背景・目的ーESGの実践と社会の関心のギャップ
近年、気候変動や経済の不安定化により、大気汚染などの環境問題や貧困や汚職などといった社会問題がますます顕在化しています。こうした状況を受け、企業や政府には効果的なESG(環境・社会・ガバナンス)対応が求められています。
しかし、ESGは非常に広範で曖昧なテーマであるため、企業や政府が一般の人々の関心のある具体的なトピック(例えば、大気汚染や労働者の権利など)を正確に把握するのは容易ではありません。その結果、ESG戦略を策定する際に、社会のリアルな声が十分に反映されにくいという課題があります。
そこで近年、ESGに対する社会的評価を知る手がかりとして、ニュース報道に注目が集まっています。なぜならニュースは、企業や政府を取り巻く市場動向を伝えるだけでなく、社会全体の関心や人々の態度を映し出す重要な情報源となるからです。
しかし、ニュースを用いたESGの社会的評価を定量的・体系的に分析する手法は、これまで確立されていませんでした。
本研究では、この課題を解決するため、過去2年間にわたる膨大なニュースデータを独自のAIで分析し、ESGに関する社会的評価をリアルタイムで可視化することを目指しました。これにより、環境や社会に関する報道の論調の変化や、人々の関心の移り変わりを明らかにすることが可能になります。
次のセクションでは、aiESGが開発した独自のAI技術とそれを活用した分析手法について詳しく解説します。
方法ーニュースをAIで分析する3つのステップ
本研究では、独自開発のAIモデル「TMPT」 を活用し、ESG関連のニュースの傾向を定量的に分析しました。
分析は、図2のような流れで行われました。
まず、ニュースのESG関連度の解析の基盤となる独自のAIモデル「TMPT」を開発し(1)、米国を中心とした主要メディアから大量のニュースデータを収集しました(2)。
その後、TMPTを活用して、報道量の変化やニュースの論調を分析し、ESGに関する社会の関心の変遷を明らかにしました(3)。

- 独自AIモデル「TMPT」の開発
今回の研究では、ニュースとESG関連トピックの関係を正確に分析するため、独自のAIモデル「TMPT(The text match pre-trained transformer)」を開発しました。TMPTには、以下のような特徴があります。
- 学習データ: 20万本の学術論文を活用し、TMPTのトレーニングデータとして構築。ゼロショット学習*による柔軟なラベル付けを可能に。
- 既存手法との違い: 従来のNER法*では識別が難しい言い換え表現(例:「温室効果ガス」⇔「CO2」「GHG」)も高精度で判別
- 正解率: 85.73%(ゼロショット学習としては高精度)
これまでの研究では、特定の業界や企業に注目したNER法が主流でした。
しかし、より多様な業界に対応できるモデルの必要性が高まっていることから、広範囲のトピックの識別が可能なTMPTを開発しました。
TMPTは、20万本以上の論文データと約1億3,000万の係数を学習し、従来モデルを大幅に上回る精度でニュースの関連性を判定できます。
*AI技術を活用したESGトピックの解析:固有表現抽出(NER)とゼロショット学習の役割とは?
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関するデータの重要性が高まる中、AI技術を活用して大量のテキストデータを解析し、有益なインサイトを得る手法が注目されています。その中でも、固有表現抽出(NER:Named Entity Recognition)とゼロショット学習は、企業がESG関連情報を整理・活用する上で重要な役割を果たします。
NERは、テキストデータの中から企業名や人物名などの固有名詞を識別する技術です。例えば、「温室効果ガス」という単語を特定できるものの、「CO₂」や「GHG」といった同義語を網羅的に認識するのは難しいという課題があります。ESG領域では、さまざまな表現が使われるため、特定の単語だけを対象とした場合、一部の重要な情報を見逃してしまう可能性があります。図3: NERの解説と課題点について(aiESG作成、使用アイコン: Freepik) 一方で、ゼロショット学習を活用すれば、事前に学習されていない単語であっても、その特徴をもとに適切に分類できます。たとえば、AIが「象」という単語を知らなくても、「長い鼻」「大きな耳」といった特徴をもとに象を認識できるのと同じように、ESGの文脈でも「温室効果ガス」と「CO₂」「GHG」などの関係性を理解し、関連情報を適切に判定することが可能になります。
図4: ゼロショット学習について概要図(aiESG作成、使用アイコン: Freepik) このように、企業がESGデータを的確に解析するには、NERのような明確な固有名詞を抽出する技術と、ゼロショット学習のように文脈や特徴を捉える技術の組み合わせが有効です。AIを活用したデータ分析の進化により、ESG戦略の意思決定がより精度の高いものへと進化していくことが期待されます。
2.ニュースの収集
次に、2021年9月から2023年9月までの2年間にわたり、米国の主要メディアから、
ESGトピックとの関連性の分析に使用するESG関連のニュースを収集しました。
- 対象メディア: CNN、The New York Times、Forbes など 354の米国の報道機関
- 対象記事: 約216万件の英語ニュース
3. TMPTによるトレンド分析
そして、TMPTを用いてESG関連ニュースのトレンドを定量的に分析しました。
分析の中心となったのは、関連性分析とセンチメント分析の2つの手法です。
分析では、環境面(3個)と社会面(9個)の計12個の指標(トピック)を使用し、
これらのトピックはESG分野における多くの研究で分析の対象となっています。

- 関連性分析(ニュースの報道量の変化)
まず、ESGに関連するニュースがどの程度報道されているかを時系列で評価しました。
- TMPTを用いて、収集したニュースデータがESG関連のトピックとどれほど関連性があるかをスコア化し、トピックごとの報道量の変化を追跡しました。
- 例えば、「温室効果ガス」や「失業」といったテーマが、どの時期に増減しているかを詳細に分析しました。
- 報道量の増減は、社会の関心度の変化を示す指標となり、企業や政策立案者がどの領域に注目すべきかを知る手がかりになります。
2.センチメント分析(ニュースの論調の変化)
次に、ニュースが伝える論調を分析しました。使用した指標は、
ポジティブ(楽観的)・ネガティブ(悲観的)・ニュートラル(中立)になります。
これらは、金融ニュース向けに最適化された高精度AI(97.79%の精度)を用いることで、
ニュースの感情や意見を時系列的に分析しました。
- TMPTを活用し、各ニュース記事に込められた感情・論調を、ポジティブ・ネガティブ・ニュートラルに分類。
- 例えば、「失業」や「汚職」に関するニュースの論調が、ポジティブに変化しているのか、ネガティブなままなのかを評価しました。
- これにより、特定のESGテーマが社会的にどのように受け止められているのかを把握できます。
結果ーESGニュースのトレンドと社会の関心の変化
以上のように、TMPTを活用してニュースの関連性分析とセンチメント分析を行った結果、ESGに関するニュース報道の論調の変化と、人々の関心の移り変わりが明らかになりました。特に、社会面への関心の向上と環境面への関心の低下が顕著に見られました。
- 社会面への関心が向上
- 社会面に関する報道量は全体的に増加し、特に「汚職」や「貧困・不平等」に関するニュースが急増しました。
- 「強制労働」や「失業」といった社会的課題に関する論調はポジティブな傾向を示し、これらの社会問題が改善されつつある可能性が示唆されます。
- ただし、「改善された飲料水の水源へのアクセス」に関するニュースの論調は依然としてネガティブに推移していて、課題が残っていることが伺えます。
2.環境面への関心が低下
- 「エネルギー使用」「大気汚染」「温室効果ガス」に関するニュースの報道量は減少傾向にあり、特に「大気汚染」のトピックは報道量が大きく低下しました。
- さらに、「大気汚染」の報道はネガティブな論調が多いことから、人々の間で悲観的な見方が広がるとともにトピックへの関心が低下していることがわかります。
- これらの結果は、社会全体の関心が、環境面(E)から社会面(S)のトピックへとシフトしていることを示唆しています。
3.ESG全体の論調はポジティブにシフト
- 関連性分析とセンチメント分析によって、環境面/社会面のみならず、ESG全体への関心の変化についても明らかになりました。
- ESG関連ニュースの報道量は、関連性分析によって全体的に増加していることが確認されました。
- また、センチメント分析では、ESG全体の論調が楽観的な方向にシフトしていることが明らかになりました。
このように環境面への関心が低下している一方で、社会面に対する関心が高まり、ニュースの論調もポジティブに変化していることが分かりました。
また、ESG関連ニュース全体に対する報道量が増加し、論調がポジティブにシフトしていることから、ESG全体に対する社会の関心が一層高まっていると考えられます。
考察ーAIを活用したESG評価の新たな可能性
本研究はESG関連のニュース報道を定量的に分析した初めての試みであり、企業の意思決定に対して多くの示唆を与える重要な成果となりました。
これまでのESG評価は企業の開示情報や年次レポートに基づくものが主流でしたが、本研究ではメディア報道を活用し、社会の関心や評価をリアルタイムで把握できる新たなアプローチを提案しました。
以下では、本研究の重要なポイントと今後の応用可能性について考察します。
- ESGに関する社会の関心のシフト
本研究では、2021年9月から2023年9月までの2年間にわたり、米国の主要メディア354社から216万本以上の英語ニュースを分析しました。その結果、以下のような傾向が見られました。
- 社会問題に関するニュース報道が増加し、「貧困と不平等」「汚職」などのトピックに対する関心が高まった。
- 環境問題に関するニュース報道は減少し、「エネルギー使用」「温室効果ガス」「大気汚染」に関する報道量が低下した。
- ESG関連ニュース全体の論調はポジティブな方向へシフトし、特に社会面に関するニュースの論調が肯定的に変化した。
これらの結果は、ESGの評価が「環境(E)」から「社会(S)」へと移行していることを示唆しています。特に、新型コロナウイルスのパンデミックや経済の不安定化の影響で、社会面の課題に対する関心が高まり、それに伴いメディアの報道も変化していると考えられます。
2. AIの活用による新たなアプローチ
本研究では、独自開発のAI「TMPT」を活用し、ESG関連ニュースの分析を自動化しました。この技術を応用することで、企業のESG戦略やリスク評価をより高度に行うことが可能になります。
- メディアトレンドのリアルタイム把握
従来のESG評価は企業のレポートや開示情報に依存していましたが、ニュースを活用することで「社会の本音」に基づいた戦略策定が可能になります。
これにより、企業は消費者や投資家の期待を的確に把握し、より柔軟なESG対応を行うことができます。
- 統合報告書への活用
TMPTはテキスト分析に優れたAIモデルであり、ニュース以外のテキストの分析にも活用することができます。
例えばTMPTを活用して企業の統合報告書(IR)を分析することが可能です。本研究のニュースデータと同じように、IRのテキストデータに対し関連性分析を行うことで、IRの記述がどれほどESGトピックと関連しているかを定量化することができます。それを通じて、その企業がESGの中でどのトピックを優先し、注力しているかという傾向や方針(+遂行能力)を定量的にスコアリングすることが可能です。
これによって、投資家を含めたステークホルダーが企業のESG戦略を可視的に判断することが可能になり、適切な投資判断を行うことにつながります。さらに、ESG戦略に関して高いスコアがついた企業は投資家からのさらなる投資を招き、投資家との強力な関係性と強固な財務基盤を構築することが可能になります。
つまり、TMPTに基づいたIR分析は投資家を含むステークホルダーだけでなく、企業にとっても有益な戦略であるといえます。
- ESGリスクの定量的評価
本研究の手法を応用すれば、ESGリスクを企業単位だけでなく、地域別・製品別にスコアリングすることが可能です。企業や消費者に対して、より詳細なESGリスク情報を提供することが期待されます。
- 例:ある製品に使用される資源量や、その製品が児童労働リスクを伴う可能性をニュースデータから分析
3. なぜこの研究が重要なのか?
ESGの評価手法としてAIを活用することの意義は、単に技術革新にとどまりません。本研究の成果は、企業や投資家がより実態に即した意思決定を行うための新たな視点を提供します。
- ESGの「社会的評価」をリアルタイムに可視化
従来、企業はESGの「社会的評価」をリアルタイムで把握する手段を持っていませんでした。しかし、本研究の手法を活用すれば、メディア報道を通じて社会の関心や評価の変化を即座にキャッチし、それを戦略に反映させることが可能になります。
2.高精度AIモデルの性能実証
本研究では、AIを用いたESGトレンド分析の有効性を実証しました。今後は、本手法を活用して、
- 企業の統合報告書の分析
- 地域・製品別のESGリスク評価
など、より高度なESG分析への応用が期待されます。
3.ESGに関する学術研究・企業戦略のさらなる発展
本研究は、メディア報道がESGに関する社会の関心や市場動向を把握する上で重要であることを示しました。この知見が広まることで、
- ESGに関する学術研究の促進
- 企業が「社会の声」に基づいた柔軟なESG戦略を策定する動きの加速
が期待されます。
4. 今後の展望
今回の研究では英語のニュースを対象に分析を行いました。しかし、今後は英語圏以外の地域でも同様の分析を行うことでESGへの関心の計測が可能になり、将来的には日本市場での適用も可能になるでしょう。
- 日本国内のESG報道をAIで分析することで、国内企業の戦略最適化に貢献できる可能性があります。
- 日本の消費者・投資家のESGへの関心の変化をリアルタイムで把握し、それを企業の持続可能な成長戦略に活用することが求められます。
今後、本研究の手法を日本市場に応用することで、日本企業におけるESG評価の高度化や、より実態に即した持続可能な経営戦略の確立が可能になるでしょう。
おわりに
本研究では、ニュース報道に基づいたESGトピックの関連性と人々の認識の変化の時間的トレンドを、独自開発した高精度AIを用いて、客観的かつ定量的に示しました。
今回の研究は、ESGのトレンドの上昇と個別の項目の注目は必ずしも一致しないことを示しています。各々の項目はそれぞれが社会情勢に影響する形で関心度合いが変化していることに留意する必要があります。
今回の研究で得られた成果をもとに、aiESGはESGの定量的評価のさらなる高度化を目指してゆきます。将来的には、企業のESG戦略におけるリスクの回避、サプライチェーンの最適化、さらに、自社の情報開示によって起こる株価への影響の予測をサポートするサービスの展開が可能となるでしょう。
aiESGでは今回の研究を基にして、製造品のサプライチェーンに関するESG分析サービスを提供しております。企業開示・サステナビリティ情報開示などについて関心・疑問点などございましたら、是非お気軽にご相談ください。